出産 子育て

2人目を流産した話

2人目妊活

わたしには現在2歳のムスコがいます。2歳差はムリだったけれど、そろそろ2人目が欲しいねと計画を立て、なんと1回目のタイミング授かることができました。ムスコの時は中々授からずクリニックに通っていたので奇跡です。しかもムスコ妊娠時から一度も致しておらず(3年間)まずはそこからのハードルの高さを実感していたので「なんて親孝行な子だ!」と大喜びしました。
「3年間していなくてできるの?」と思った方もいるかと思うので、最後に少しお話ししています。気になる方だけ見てください。

D24 妊娠検査薬 陽性

排卵日から24日目でようやく薄っすらと陽性反応を見ることができました。そこからゆっくりと濃くなり、すぐにつわりも始まり周りにバレないようやり過ごす日々。

6w5d 初診で流産宣告

最終月経日から計算して6w5dで受診しました。1人目の時に6w3dで心拍確認できなかったので期待せずに居たのですが、医師から驚くことを言われたのです。

医師

赤ちゃんが3週分くらい大きいね。前回の生理は着床出血だったのでは?
この大きさで心拍確認できないのは流産の可能性が高いです。
来週もう一度診てみましょう。

(3週大きいって…
 今回の排卵日より前にタイミング取ってないから有り得ないのに…)

ママ

胎嚢が見えてホッとしたところに「流産」という言葉。頭が回らず「はい」としか返事をできず診察室を後にしました。タイミング日や基礎体温のヒアリングが無く、伝えられないまま再診日までの1週間を過ごしました。先生はああ言ったけど、まだ6週。ムスコの時だってそうだったし絶対に大丈夫と信じました。

7w5d 再診 流産診断

希望を捨てずこの日を迎えましたが、赤ちゃんはほとんど成長していませんでした。
赤ちゃんが亡くなってもお腹に留まっていることを稽留流産といいます。手術までの間に自然排出する事もあり、出血に備えナプキンを付けて過ごしました。

医師

なるべくお腹から早く出してあげたほうがいいです。
手術は3日後でどうでしょう?

(まだ受け止められない、時間が欲しい…)
すみませんが1週間後でおねがいします。

ママ
医師

では術前検査で採血してからお帰りくださいね。

採血を待つ間、初めて涙が出て止まりませんでした。

8w5d 稽留流産 手術

手術当日の朝、最後の診察です。エコーには胎嚢だけがうつり、赤ちゃんはほとんど見えなくなっていました。「8週でやっと心拍確認できた方」も多くいるので、今日の今日まで希望を捨てられずに来ましたが、空っぽの胎嚢を見てやっと納得することができました。続いているつわりが虚しく感じます。

手術の流れ

《前日》 20:00〜 絶食
《当日》 8:00〜 絶飲食
     10:00 診察・ラミセル挿入
         点滴開始
     12:00 全身麻酔・手術開始
     13:00 手術終了・覚醒
     15:00 診察・退院

経産婦だしムスコを産んだ病院だったので、助産師さんたちは変に気を遣わず明るく接してくれ助かりました。
少しでも考えると泣きそうになり、赤ちゃんには申し訳ないけれど今は考えないようにしていました。

ママ

今朝やっと亡くなった事を受け止めたのに。
寝て起きたらお腹から居なくなるんだ。

  • ラミセル挿入
    子宮口拡張ラミナリアでなくラミセルが使われました。ラミセルだと挿入は1本のみで、手術までの待機時間がとても短かったです。挿入時の痛みは強く、挿入後は生理痛のような鈍痛があり30分程でおさまりました。痛くない方もいると聞いていましたが、私は痛かったです。先生も刺す前に「痛いですよ」と言っていました。閉じている子宮口に差し込むんだから痛いに決まってますよね…でも10秒もかからず終わりました。
  • 全身麻酔・手術開始
    幸いにも前回出産時の病棟、破水時に診てくれた先生が執刀医で安心しました。分娩台のように支脚器に足をのせ開脚しますが、出産と違うのは足をベルトで固定された点です。より緊張感が増しました。
    お酒の強さを聞かれ、レベルに合わせて麻酔を入れていきます。眠ったら手術開始。
  • 手術終了・覚醒
    起きると病室に移動しており、下着と新しいナプキンを付けた状態でした。目覚めは良く、つわりも無くなりました。痛みは強めの生理痛。
    麻酔が緊張で中々きかず、驚くほど強かったと後で聞きました。ずっとカレーの話をしていたそうです。つわりが終わったら食べると決めてたから…
  • 診察・退院
    1ヶ月間はシャワーのみ、1回生理を見送ったら妊活再開してOK。
    私はアレルギーで子宮収縮剤が服用できないので、抗菌剤のみ処方され終了。

手術後の経過

腹痛は2週間程度で収まり、出血は少ない・多いを繰り返しながら1ヶ月ちょっと続きました。1ヶ月後の再診ではピンク色の出血がまだ出ているが問題ないと言われました。その後別の病気にかかり止血剤を飲んでいなかったらそれ以上続いていたかもしれません。

今回服薬した抗菌剤ミノマイシンは「めまい」の副作用がきつく、体を起こすのもやっとなほど。なぜか3日間の服薬を終えても収まらず、とても仕事ができる状態ではなく2週間もお休みしました。

流産を経験して

最初の妊娠時から流産・死産には敏感でした。子どもがいる今は、子を失う辛さがよりわかるつもりでした。でも結局「わかったつもり」でしか無かったことを痛感しました。周りで子どもを亡くした人に対し、「あの時かけた言葉は適切だっただろうか」「ちゃんと思いやれていただろうか」そんな風に考えてしまいます。

周りは妊娠中・子育て中の友人ばかり。あえて暗い話をしては不安にさせてしまうかもと思うと、誰にも言えなかった。仕事に支障が出るので本当は言いたくない同僚と上司には話したけれど、本当の意味では家族にも辛いと言えたことはないかもしれません。どう言葉にしていいか今だにわかりません。
でも先日、水子供養のため参拝へ行き、ずっと考えないようにしていたお別れの言葉をやっと、お空に帰った子に伝えることができました。少し気持ちの波が穏やかになった気がします。

「次のあなたの人生が誰よりも幸せなものになりますように」
届いているといいなと思います。

妊活おまけ

※妊活についておシモの話です。読みたくない方はご注意ください※
3年も致していないのに普通にスタートするのはお互いに恥ずかしすぎて無理です。オブラートに流れを言いますと、各自いい感じに持っていき最後だけイェーイ!って感じです。わたしたち夫婦の場合は「お子を授かるため」という目標に向けたやる気、熱量が同じなので「この方法」に対して気まずいとかは無く、頑張ろうという意見で一致していました。

-出産, 子育て